マンダラパビリオン ●空間演出の手法
2004年 07月 09日
●空間演出の手法
今回の仕事は、このような真言密教の宇宙観を、言葉や絵図によらず、ひとびとに、ただ通りすぎるだけでそれを感じとらせる、悟らせてしまうという空間演出の試み、ということになる。
手法としては、当然、光、映像を動員し、それらをハイテクによって制御することになる。けれども、なかにはお寺にハイテクやイヴェントは似含わないよ、というご意見の方もいる。
しかし考えてみると、平安の昔においてもそれ以前でも、寺院や宗教儀礼というものは、その時代の最先端技術と文化の粋を結集したもので、もっともはでなエンタテイメントだったはずだ。
いつの時代でも、歴史に残っていくものは、その時代を先取りしているものだと思う。そういう意味で、現在可能な先端テクノロジーやメディアを、「道具」や「媒体」として使っていくことに、なんらこだわりはない。いまだからこそ使える、素材や技法を駆使していく。現代に生きることの特権を最大限に利用していく。これこそ創造の醍醐味であるし、基本だと思うわけである。イヴェントプロデュースは、その規模や動員、波及効果から、現代のもっとも先端の総合芸術といえるのではないだろうか。そして文殊としては、こういった形態の催しに参加できることに、最大の喜びと興奮を感じてしまうのである。
[文責一ヤマザキ、ミノリ] 美術出版社[デザインの現場] 1988「空間の表現者たち」特集掲載

Internet Museum of MINORI YAMAZAKI
今回の仕事は、このような真言密教の宇宙観を、言葉や絵図によらず、ひとびとに、ただ通りすぎるだけでそれを感じとらせる、悟らせてしまうという空間演出の試み、ということになる。
手法としては、当然、光、映像を動員し、それらをハイテクによって制御することになる。けれども、なかにはお寺にハイテクやイヴェントは似含わないよ、というご意見の方もいる。
しかし考えてみると、平安の昔においてもそれ以前でも、寺院や宗教儀礼というものは、その時代の最先端技術と文化の粋を結集したもので、もっともはでなエンタテイメントだったはずだ。
いつの時代でも、歴史に残っていくものは、その時代を先取りしているものだと思う。そういう意味で、現在可能な先端テクノロジーやメディアを、「道具」や「媒体」として使っていくことに、なんらこだわりはない。いまだからこそ使える、素材や技法を駆使していく。現代に生きることの特権を最大限に利用していく。これこそ創造の醍醐味であるし、基本だと思うわけである。イヴェントプロデュースは、その規模や動員、波及効果から、現代のもっとも先端の総合芸術といえるのではないだろうか。そして文殊としては、こういった形態の催しに参加できることに、最大の喜びと興奮を感じてしまうのである。
[文責一ヤマザキ、ミノリ] 美術出版社[デザインの現場] 1988「空間の表現者たち」特集掲載

by ardest
| 2004-07-09 13:17
| 高野山マンダラパビリオン


