(c) 2016 Minori Yamazaki -Japanese Artist-


by ardest

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● 都営地下鉄大江戸線蔵前駅アートワークコーディネート 
「光のかたち ー雨・花火・街並・灯・川ー」2000
(ガラスアート趙慶姫)

蔵前 蔵屋敷 隅田川 水 雨 四季 風景 かがやき 未来 様々な表情
蔵屋敷の伝統美のスタティックな表情の中に変化と多様性を表現。
(w10m×h2.4m×d0.3m 積層ガラス、強化ガラス、ステンレススティール)
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「蔵前」「蔵屋敷」「祭り」「花火」「隅田川」「流れ」「雨」「四季」「風土」「風景」「伝統」「産業」「文化」「未来」「かがやき」-時空間を越えた多面的で多様な表情を表現。

・蔵前駅内装デザインのメインモチーフである蔵型のリズムを基調に、その蔵型をフレーム(額装)となぞらえて、その中に様々な表情を描いている。
・蔵前の四季や気候などの「風土性」、祭りや伝統などの「文化性」、都会の風景や産業などの「未来性」がおもなモチーフとなっている。

・素材は板ガラス
デザインは、ガラス造形作家の趙慶姫氏
趙慶姫氏は板ガラスを主に使用したディスプレイやオブジェ、パブリックアートの若手ホープ。氏のデザインによりシャープで都会的な構図やラインの緊張感、ガラスの透明性やきらめきの醸し出す未来感などを表出している。また洗練された直線基調の造形は、広重の版画と通じる何か日本的伝統美も内包している。

全体として蔵屋敷のノスタルジックでありながら機能的な伝統美の中に、蔵前の過去と現在、伝統と未来、多様性や革新性を表現していくのが狙いとなっている。
蔵前が内包してきた歴史や伝統文化、そこから未来に発信していく産業や生活文化の夢や理想を表現。

IEADのサイトに趙慶姫氏による環境造形に関するコメントがあります。

  Copyright 2004 Minori Yamazaki All rights reserved.
 
■ Internet Museum of Minori Yamazaki ヤマザキミノリのインターネット美術館
by ardest | 2004-07-29 01:29 | 大江戸線蔵前駅art
美術出版社[デザインの現場] 1988 「空間の表現者たち」特集掲載

●高野山との出会い  ヤマザキミノリ (空間企画・スペースデザイン・アートワーク)

 昨年九月、事業拡大をめざして新事務所を代々木上原に開設し、まもなく名称を芸術本舗文殊と決めた。メンバーのヤマザキ、森村均、姉歯公也が、芸大出身というアカデミズムに対するアイロニーと、今日の高付加価値で多種多様、かつ総合的なデザインビジネス、イヴエントビジネスに対する果敢なる挑戦の意味を込めて命名したっもりである。ようするに、おもしろくて前向きなことならなんでもやる気の事務所である。
 半月ほどたったある日、電話がなった。「ヤマザキさん、高野山の落慶記念イヴェント、やりませんか」。有名なプロデューサーS氏の声である。「高野山のイヴェント?やります!なんでもやります!おまかせください」ということで、港区高輪にある高野山東京別院という、真言密教のお寺の仕事が飛び込んできたのだ。文殊に高野山。なんという巡りあわせだろう。事務所開設以来、唱えていた「仕事どんどん無限依頼、お金ざくざく無限供給」の「文殊教」の御利益が現実になってしまったのだ。愚か者でも、三人よれば文殊の知恵、というあの諺を拝借したまでのことだったのに、アー願ったりかなったり。
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■ Internet Museum of Minori Yamazaki ヤマザキミノリのインターネット美術館
by ardest | 2004-07-29 01:20 | 高野山マンダラパビリオン
●総合的な世界観
 さっそく打ち合わせ。S氏いわく、涅槃の境地、解脱を感じる空間、非日常な悟りの世界をつくりたいとのこと。真言密教の思想、およびコスモロジーを空間化、パヴィリオン化するという課題だ。総予算約一億円。「ネハン、ゲダツ、サトリ?え、イチオクエン!」頭をひねってばかりはいられない。すばやくリサーチ。
 密教思想をひとことでいえば、大宇宙と個我の同一性ということになる。山川草木、国土は皆、仏性をもっているともいう。人間は、宇宙に包み込まれているが、人間ひとりひとりのなかにもまた、大宇宙が同時に存在する。ミクロコスモスは、本質的にマクロコスモスにほかならないのだという、まことにトータルな思想なのである。「フムフム……」。
 この総合的な世界観が密教の特徴で、近代西欧文明の、どちらかというとぎこちない分析的、絶対的な価値観になれてしまったわれわれに、もっとゆったりとした、全体的なものの見かた、直感的、感覚的なものの把握法を教えてくれる。現代人に欠けている自然との連帯感、宇宙との一体感といった、原初生命のパワーを取りもどすという意味で、いま密教が新鮮さをもちえるようだ。「ナルホド!」。

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曼荼羅パビリオン
高野山東京別院落慶記念法要 マンダラパビリオン1998
デザイナー:ヤマザキミノリ 芸術本舗文殊
プロダクション:ゼンザブロウ、施工:清水舞台、 制作:電通

by ardest | 2004-07-29 01:16 | 高野山マンダラパビリオン
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● KFP 神戸ファッションプラザ RINK "サンタビレッジ クリスマス2000" 
ディスプレイデザイン、イルミネーションデザイン、ツリーデザイン
空間演出デザイン担当

w50m×h20m×d40m 難燃ポリエステル、複数のムービングライトを使った光のオルゴール式自動調光光源、アンティークオルゴールのサウンドにあわせてライティングが変化します。
KFP Rink神戸ファッションプラザ
神戸ファッション美術館

●to MINORI YAMAZAKI Internet Museum
by ardest | 2004-07-28 23:44 | 神戸Rink Chrismas
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a0031847_22241971.jpgアクリルミラー製の小さなのぞきからくり、でもその中身は・・・       

試作はなんと1975年の大学2年の時です。基礎造型の課題違反で作った5センチから10センチ立方の立方体万華鏡です。

ヤマザキはこれを「立方体の宇宙」としてCube+Cosmosを縮めて"CUMOS"と呼ぶことにしました。 立方体万華鏡ですが、サイコロ型万華鏡として1997年に立ち上げたホームページでも紹介してきました。

1980年、大学院の修了制作のテーマとしてさらに研究を進めました。
同年、朝日新聞の「新・遊びの博物誌」坂根巌夫著に詳しく掲載していただきました。当時の朝日新聞の記事を坂根記者の了承の元、アーカイブ資料としてこちらにも掲載させていただきます。
Copyright 2004 Minori Yamazaki All rights reserved.




■新・遊びの博物誌-21  
編集委員・坂根巌夫 著(元、IAMAS 大垣国際環境情報学院学長)
  ※「遊びの博物誌」は1,2の二巻、朝日文庫で発行されています。

[サイコロ型万華鏡]

 昔から、鏡ほど人々の想像力をかりたて、存在の神秘を味わわせてきた小道具は少ないだろう。中国や日本に伝わる古い鏡の伝説をもち出すまでもなく、こどもたち自身がまず、ものごころついてまもなく、鏡のふしぎを発見し、とりこになる。中には一種の"鏡像偏執"とでもいえる意識傾向ができ上がる場合もあって、ときには生涯、異次元世界への郷愁がつきまとう人もいるようである。

[内外文学の世界にも登場]
 ルイス・キャロルの小説をはじめとする鏡の世界のメルヘンが、いまでも愛読され、鏡をつかった"からくり"や芸術作品があとをたたないのも、こどものころ鏡の中にかいまみたそのふしぎが忘れられないからだろう。
 久しぶりに、江戸川乱歩の「鏡地獄」を読み返してみたら、強い"鏡狼偏執"に陥った一人の男の狂気を、これでもかと拡大してみせる見事な作品で、五十数年も前に発表されたというのに、このころ流行している凹面鏡のからくりや、魔鏡の原理までを科学的に紹介しているのに感心した。

 主人公は、四方八方鏡張りの部屋に入り、中に閉じこもるが、自分の姿を三対の合わせ鏡に写して、無限に増殖するイメージを楽しむ姿は、想像するだけでも妖気がただよう。最後には、内壁を球面状の鏡で張りめぐらした球体の部屋まで出てくるが、さすがに乱歩先生も「その球壁に、どのような影が映るものか、物理学者とて、これを算することは不可能でありましょう」(「江戸川乱歩傑作選」新潮社)と、登場人物の一人にいわせているほどだ。

["鏡極楽"の風景出現]
 球面状の部屋はともかく、まわり一面四角い鏡張りの部屋に写るかたちのイメージなら、合わせ鏡からの連想や、幾何光学的な推理で、およその想像はつく。それも、人間のように生ぐさい対象ではなく、色とりどりのかたちの断片を入れるなら、一種の箱型の万華鏡として、美しい幾何学模様を写し出すにちがいない。ただ、この光景をみるために、人間が中に入ってしまっては、自分の姿まで写りこんでしまうから台なしである。そこで、この鏡張りの部屋の壁に小さなのぞき窓をあけて、外から内部をかいまみれぱ、"鏡地獄"ならぬ"鏡極楽"の風景が出現することになりはしないか・・・。

 じつは、こんな箱型の万華鏡のアイデアを思いついて、学生時代からもう数年来、増殖する鏡像の作品にとり組んでいる作家がいる。80年に芸人大学院を卒業し、現在は東京都内の美術学院でも教えているヤマザキミノリ氏。
 1辺10センチのサイコロ型の箱を、内側を鏡面蒸着してつくったプラスチックの鏡でおおい、鋤面の一つまたは二つに、けがきのようなものでひっかき傷をつけて、光像の原型パターンをつくる方法。外光に輝く模様が、内側の六面の鏡で無限反射をくり返して生み出した風景を、箱の壁にあけた径6ミリの穴から、のぞきこむという趣向である。
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[自分の目を写さぬ工夫]
 ただ、よくよく考えると、こんなやり方では、みている光景の中に、のぞき穴からのぞいている自分の目も写り込んでしまう。穴が小さいから目立たないが、カメラで撮ろうと思うと、どうしてもレンズの目が無数に写り込んでしまう。ヤマザキ氏はそこで、レンズの目が写りこまない撮影法を考えた末に、のぞき穴をピンホールにして、この箱の外側に暗箱をくっつけたピンホール・カメラをつくり出した。こうすると、のぞき穴から入りこんだ光像が直接暗箱のうしろに置いたフィルム上に記録されてしまう。ピンホールの位置も、壁の中央だけでなく、箱の一辺の中央や、三辺の交わる箱のスミに設けた変種をつくれぱ、さらに多彩なイメージの変化を楽しめる。万真はこうして写した作品だが、外光に色を加えると、極彩色の極楽風景にもみえてくるのである。

 その後、8ミリ作家の後藤実氏は、このヤマザキ氏のアイデアを下敷きにして、のぞき穴の向こうの壁をハーフミラーのスクリーンにし、その外側から抽象模様の展開するアニメフィルムを投影して、動く万華鏡風景を演出する作品をつくった。一つのアイデアがまた新しいアイデアヘと増殖をつづけていくのである。

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■作品サイト 1 ヤマザキミノリのインターネット美術館-1 空間デザイン、環境造形、展示設計"Christmas Decoration, Display Design, Public Art, Installation, Art works"
■作品サイト 2 ヤマザキミノリのインターネット美術館-2 ライトアート、立方体万華鏡、オブジェ、インスタレーション"cumos, Light art, CG, Installation"


■ cubic 3D kaleidscope = mirror box 鏡箱 サイコロ型万華鏡 CUMOS
■ new CUMOS site CUMOS cubic cosmos scope ]
■ 万華鏡伝導 UAPふくろうの会
 
 
by ardest | 2004-07-24 22:19 | CUMOS立方体万華鏡
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 近大工業化社会は人・物・金の連鎖の上に社会を構築してきました。20世紀後半からは、それらに「情報」が重要なファクターとして加わりました。今日、情報を0と1のビットという究極のコードにすることで劣化なく蓄積、再利用、配信ができるようになったことはまさに革命的なことです。デジタル化された情報の入力と伝達の膨大な組み合わせと、それらに様々な変換をかけ意味のあるモノへと還元し出力する多様なプロセスが開拓されています。さらに、インターネットなどの地球的情報ネットワーク環境に光ファイバーやDSLを使ったブロードバンドサービスが供給され、双方向のデジタルテレビ放送などが提供されるに至りました。

かつて無いほど効率的でユビキタスかつムーブァブルになった情報収集、利用、交換、発信に、今までにないテーマの設定や制作過程の工夫とコンテンツの出力が必要になってきています。これからの個人や組織の情報発信やコミュニケーションのあり方が、メディアテクノロジーの進化とともに大幅なパラダイムシフトを要求されているといえるでしょう。

こういった現代の生活や社会を取り巻くマルチメディア環境の理解と同時に、そもそも私たち人間の感性とは何か、外界や世界をどう感知し捉えてきたのかなど、人間側の感覚や感性、脳の情報処理にも着目していく必要があります。人と現代メディアのインタラクションによる関係性の発見と再構築を通して、新たなメディアアートやメディアデザイン、応用システムを創出する研究に取り組んでいきたい所存です。


■作品サイト 1 ヤマザキミノリのインターネット美術館-1 "Christmas Decoration, Display Design,Public Art, Installation, Art works"
■作品サイト 2 ヤマザキミノリのインターネット美術館-2 "cumos, Light art,CG,Installation"
●メディア授業用サイトFantacl.com/ MEDIA ART"Flash tutorial,Student works, etc."
by ardest | 2004-07-21 16:27 | Website, ICT, Blog
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季節はずれのクリスマス映像報告です。でもこの暑さに免じて許してください。イメージだけでも涼しくなりそうではないですか?

神戸市六甲アイランド中央にあるファッション美術館、その上部にRinkと呼ばれるアトリウムがある。東側はショッピングセンターとホテル、ムービーコンプレックスが併設された複合ビルとなっている。このアトリウムは直径50メートル高さ35メートルの円形。
広幅2.2メートルの難燃布を紅白に染め、中央のUFO型昇降機から放射状につりおろした。

● KFP 神戸ファッションプラザ RINK "サンタビレッジ クリスマス2000" 
ディスプレイデザイン、イルミネーションデザイン、ツリーデザイン
空間演出デザイン担当

w50m×h20m×d40m 難燃ポリエステル、複数のムービングライトを使った光のオルゴール式自動調光光源、アンティークオルゴールのサウンドにあわせてライティングが変化します。


■作品サイト 1 ヤマザキミノリのインターネット美術館-1 空間デザイン、環境造形、展示設計"Christmas Decoration, Display Design, Public Art, Installation, Art works"
■作品サイト 2 ヤマザキミノリのインターネット美術館-2 ライトアート、立方体万華鏡、オブジェ、インスタレーション"cumos, Light art, CG, Installation"
by ardest | 2004-07-18 17:05 | 神戸Rink Chrismas
a0031847_105630.jpg[孵化する「光の宇宙卵」を待つ]  新井淳一(テキスタイルプランナー)

 未知、未見の世界を体感することは、時に快楽であり、愉悦であったとしても。ひるがえって思えば、おぞましく、恐怖の淵に立たされた感もある。知らずもがなのことを知り、見ずもがなのものを見る。これが時代性であり、恐いもの見たさが人間の本性としてあって、盲いたる眼を開かせるのが、時代の尖兵である。芸術家の因果であろう。

光の魔術師、ヤマザキ・ミノリが見せる未知、未見の世界を体験する時がそうである。
この時、観照者もまた作者体験をする。ヤマザキは、自分自身の仕事について、その一切全てを気づいてはいないのかもしれぬ。しかし、その作品を見て、その世界に捕えられるどんな観照者よりも、ヤマザキは、自分の作品と光とのかかわりを知っている。ヤマザキの作品が、音もなく作者を超えてしまうことを、ヤマザキは知っているのだ。だから彼は、自分の作品を、時代に生きている必然の所産たと、こともなげに言う。その作品を、大いに楽しんでほしいと言ったりする。まるで人ごとのように、素直に、そう言い放つ。

ヤマザキ作品の世界は、全ての芸術作品が多かれ少なかれそうであると同じく、観照者自身の官能力によって、千変万化だ。感性の強弱、大小、時に魂の能力を間われることになる。急性が自由になれる。
ヤマザキはそう言うが、そんなものではあるまい。見世物小屋のインチキなカラクリではない。観照することによって見者に感性は産まれるのであって、やがて、見者はその感性に捕らわれるのだ。未知、未見を識ることにおいて、作者ヤマザキも、観照者も同じ捕らわれ人になる。多くの芸術作品にあって、作者の意図した結果が思い通りに成らぬ恨みはあっても、まるで意表をつかれ、作者自身がたじろぐことなと、そう多くありはしない。

ヤマザキの作品にあっては、作者以外の発見を見出す観照者の存在の可能性が大きい。作品の時代性について彼の言う意味は、このことにあるのではないか。作者が、作品を産みだす。それだけではない。
時代が産む物を、作者の半分は観照者の立場にあって、手助けしていく。ヤマザキなくしては、存在し得ない、まこうことなきヤマザキの作品を、時代と共に作る。ヤマザキが、平然と、「光」を操っていられるのは、こうして、時代の産物を見つづけることによって、傲慢な作者気取りから解放されているからだ。

夜空に消える花火や、取り壊されるイルミネーションではない。ヤマザキの「キューモス」の中には、閉じこめられた「光」の実在がある。彼がそれを、箱の外に取り出そうとすればするほど、「光」は内部体験の世界に連れ出す。「光の宇宙卵」から何が産れるのか。恐れと、期待の解放の瞬間を見ることが出来るのか。ヤマザキの準備の絵図面から、想像する不遜だけは、今、観照者に許されていない。
割目して待つだけだ。
-1989 Junichi Arai (textile planner)



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■作品サイト 2 ヤマザキミノリのインターネット美術館-2 ライトアート、立方体万華鏡、オブジェ、インスタレーション"cumos, Light art, CG, Installation"
by ardest | 2004-07-10 10:51 | comments

"orijin-day" 1995

a0031847_104417.jpgオリジン展のためのCG
"origin" is an original word which I created by combining "orient" with three Chinese characters pronounced ,"jin" having meanings of "human", "heart" and "god".
The word represents the theme of my work to search for the origin of oriental mentality.
The dreams of emergence in my childhood, I often dreamt of passing through the interior of a womb, they became the subject of my art when I witnessed the birth of my three daughters.
The cosmology which I created is simply a projection chart of nesting boxes simulating my mother's womb. I am fascinated with expressing the infinite micro-macro repetition
which penetrates the human being and the universe.

"orijin /オリジン″

私の造語でオリエンタル+人、心、神のこと。
私自身に内在する東方のメンタリティーの起源(origin)を見いだそうとする、私の創作行為のテーマそのものである。子どもの頃、幾度となく見た胎内くぐりの夢。そして、我が三人娘の誕生に 立ち合ったことで、それは決定づけたれた。私の作り出すコスモロジーは、 母の胎内にあったときの入れ子細工の投影図に他ならない。人と宇宙をつらぬくマクロとミクロの 無限円環を空間装置化することに私の興味は尽きない。


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■作品サイト 2 ヤマザキミノリのインターネット美術館-2 "cumos, Light art,CG,Installation"
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by ardest | 2004-07-10 10:45 | CG, Media Art
a0031847_105925.jpg[Waiting As the Space Eggs of Light Incubate]
by Junichi Arai (Textile Planner)

There is a certain pleasure, a certain joy that we experience when we find ourselves face to face with the unknown, the unseen of this world. But when we look back upon what we have seen, the experience may turn horrifying and we feel as if we have been through the abyss of horror.

To know the unknown, to see the unseen. Perhaps it means the timeliness of an art. It is the advance guard of the times who can see what is to come with the desire to know our fears as our real nature who open the eyes of those who cannot see that which is before them. Such is the fate of an artist.

Seeing the work of that magician of light Minori Yamazaki is just such an experience - experiencing the unknown, seeing what has not been seen. It is not simply the passive experience of viewing art. No, that isn't it all. The viewer creates the same experience just as the artist does when encountered with Yamazaki's work. l wonder if Yamazaki himself is aware of all that his work imparts to the viewer? I doubt it. Yet it is he, the artist, who understands the interplay between light and his work better than any dazzled viewer of the unknown.

Yamazaki knows that he cannot keep up with what he creates. It becomes too much for even him. Therefore, he speaks lightly of that his own creations live alongside him in the times as the inevitable fruit of his labor.

He often talks of how he wants his viewers to enjoy his work. He speaks calmly as if talking about someone else's creation. The world that Yamazaki creates with his works is as infinitely varied as the physical function of the viewer allows it to be. Of course, this is true for all works of art.

It's all a question of degrees of sensitivity and the ability of the soul to grasp what is presented. It is a process that leads to freedom of sensitivity.
At any rate, that's how Yamazaki describes it. But I'm not so easily convinced.

What we have here is no simple mechanical gadget in a cheap circus tent. The act of viewing brings about the birth of sensitivity in the eyes of the viewer who is then captured by that sensitivity. That's what it's all about.

The process of knowing the unknown and seeing the unseen is the same for the artist and the viewer alike. They are both captivated by what they experience.
It is no rare phenomenon for a work of art to end up different from the initial image that led the artist to create it. But it is rare that an artist sees his own work and recoils in utter shock and horror when he grasps what he has done.

One should not be surprised if in viewing Yamazaki's work he dis-covers something that the artist himself has not seen. Perhaps this is what Yamazaki means when he talks of the timeliness of what he creates.It is not simply a matter of an artist bringing forth a creation from nothing.

It is the age in which he works that is the creator and he, the artist, is there to help in the process of creation partly by putting himself in a viewer's place.
Of course without Yamazaki his works could not be. It would be better to say that the works are the result of a collaboration between Yamazaki and his age.

What allows Yamazaki to so unpretensiously create his network of light is precisely the fact that in the process he finds himself to some extent an observer watching as his age creates. This frees him from any possibility of artistic arrogance.

These are not such weak apparitions as the fleeting sparks given off by fireworks against a night sky or electric illumination which are turned on and oft with a switch.
In the midst of Yamazaki's "Cumos" we find the existence of dotted light that has been locked in tight.

The more he tries to extract that light out of the case that contains it, the more it leads him into the world of the internal experience.
I wonder what will arises from the Space Eggs of Light. Perhaps we will witness the moment when we are liberated from our fear and expectation.

The insolent images that we can draw from Yamazaki's rough sketches have yet to be accepted by his viewers.
There's nothing to do but wait with keen interest. -september 1989


■作品サイト 1 Minori Yamazaki's Inteernet Museum-1 空間デザイン、環境造形、展示設計"Christmas Decoration, Display Design, Public Art, Installation, Art works"
■作品サイト 2 Minori Yamazaki's Inteernet Museum-2 ライトアート、立方体万華鏡、オブジェ、インスタレーション"cumos, Light art, CG, Installation"
by ardest | 2004-07-10 10:19 | comments